« Photo〜東京新宿区/新宿御苑その6(2008.10) | Main | そら〜北海道上空その1(2008.11) »

2008.11.23

仕事の状況(2008.11)

先週の帰省から帰京しました。
撮って来た枚数は少ないですが、あすから「2008年北海道/冬」編いきます。


帰省前の週は東京もなかなか寒かったのですが、
北海道オホーツク海側も1度ドカッと降った後はすぐ解けてしまったと
いうことで、恒例のおふくろの紋別→旭川移動のクルマ使用には
路面的に支障はないということらしく。
仕事も2日ほど休みをとった後に帰省〜帰京後翌日から仕事、と
いうような感じで運良く休みが取れました。

このところは帰省がひとつの節目になっている感があるのですが
昨年11月の時は自身の引越と、吉祥寺の共同仕事場で問題が
持ち上がったり、の混迷の間を縫っての帰省でした。
結局、その後3月までは吉祥寺仕事場の退職、PCや身の回りのものの新調、
自身の人間関係の別離とかの変化に見舞われる変化の時期となりました。

今年3月の帰省では、新しい仕事場での定着と自身の3年半ぶりの
漫画再開への布石打ちとか、希望的要素が大きかった感がありましたが、
その後は整理して消滅してしまった人的交流と
確定申告還付も全部切り詰めてなくなってしまったフリーの
アシスタントとしての生活苦に挟まれて、レギュラー先以外は
ほとんど引きこもりのように投稿原稿作画に専念せざるを得なかった、
なんだか消化不良な日々を重ねることになりました。

8月の帰省では未完成の原稿を地元に持って帰り、道中寄った
初の函館紀行では五稜郭公園でアシ代1日分に相当するお金を
まるっと落としたりして、相変わらず金銭苦が続く有様。
帰省後は6月から急激に悪化した体調が低空飛行のまま
残暑に耐えねばならない情勢で、9月アタマの原稿完成と賞提出後は
原稿下記を優先した結果、赤字財政になってしまった分の埋め合わせで
アシがほぼ半月連続した状況になってしまって、1ヶ月以上も
疲労感が抜けない状態でした。


どうも投稿は落ちたらしい。


連絡も来なかった所を見ると、やはり担当つけて打ち合わせしてない
状態で完成原稿持ち込みでイキナリ賞獲り、は、以前に比べて
難しい状況にはなってるんだな、と思いました。
39歳で新人賞というのも先方も難色だろう、というのもありますけど、
4年ぶりとなった自作で悔いない演出や物語の出来で出せたか、というと
実のところはやっぱり、佳作を獲った当時の迷いがやっぱり最後まで
響いてしまったなというのもあります。
内容補足で8枚足したことが、逆に読みづらくさせたのかも、しれない。
04年の賞の時は佳作に至るいろんな出来事が追い風に働いてくれたのが、
今年08年はそれもなくかなり失速感が目立っていたことで、
しがらみを断つつもりで自身の身辺を整理してしまったことで、
逆に運を味方に付けられなかったのかな、、、というのはあるのかも。

4年も経てば、企画はやはり風化してしまう。
亡父と自分をつないで来たお話でもあるんで、
個人の思い入れでなんとかカバーできれば、と思いましたが
4年前は誰もやらなかった傾向の企画であっても、その後似た企画が
テレビ化されてしまっては、こちらではもうどうにも。
ビージャンと打ち合わせて来た04〜06年の2年10本のネームの間に
なんとか一度でも掲載に持ち込めていれば、こんな劣勢には
ならなかったかもしれませんけれど。

やってる最中はほんと、過去3年の公私にわたる激動期で
ブランクが長過ぎてマンガの描き方も忘れてしまってるような感じで
鈍足状態、原稿の終わりが見えない感じのリテイク作業でしたんで、
終わってくれたことが供養になった面もあるし。
最後まで画面にはこだわれたし、絵のレベルもそんなに下がってなかった。
「活動再開」としては、それなりに手応えが持てた1本でした。
まあ、04年からここまで支えて来てくれたものを断って、
ものすごい犠牲を払って独りに戻らないと漫画の再興は無理だった
ところもあるんで、また漫画が描けたことにただひたすら安堵している
ような体たらくでは、そりゃコンペティティヴとは言えません。
入っていればすごく金銭的にも助かったですし、
結果を残せないまま、いい結果を報告できないままの帰省は
悔しいものがありましたけど、08年現在のトレンドみたいなものは
来週あたりにでも出る全体結果でわかるでしょうから、
スグに吸収はできないまでも参考にしたいと思っています。

やっぱり誌上で映える企画でないと無理、という商業誌の
刹那的な構図は変わってませんね。
となると、今後投稿に使えそうな企画ってごくわずかで。
でもそればっかり考えて12年やって来て、作業が楽しいと思ったことなど
ほとんどなかったことは非常に大きな反省です。
一発当てる、なんて山師な考えは昔から持ってないものですから
そういう外部の考え方を導入してみても、自分にフィットさせられないまま
妙に背伸びして無理した印象がある。
アシスタントという不安定な生計と健康不安で40近くまで継続することの
難しさも感じますが、なによりアレコレ惑う時間が増えて
リズムが非常に悪くなっていた。
これでは量産が望めない。
孤独感や時間的/物理的/体力的な苦しさを超えて得られる
「楽しさ」を、導けない。
「プロ志望でなければ自己満足」、というメジャー誌作家さんたちの
指摘する所に陥らないように、編集サイドの意向をなんとか
先回りして汲もう汲もうとしていたクセが、結局企画がやりたい方向に
はじけきれない最大の障害になってしまったのは、とても皮肉な状況で。

それでうまく行く人も居るんでしょうけれど、自分はうまく行かなかった。

これ、ネームの自己修正能力といいますか、ペース配分という
場数や経験の問題でもあるんですけれど、、、
「ネームの1本目」は絶対に見せるな、なんて格言もあるくらいですしね。
でも、結局荒削りでもネーム一発目が一番イキがいいし、
他者からいじられたくないもんです。
このリズムが、問題。
編集は漫画を売るプロだけれど、漫画を作るプロではない、というのは
山本おさむ先生の名言ですから。
問題点を指摘して対案を出してくれるような編集さんは、
今はなかなか居ません。。。ただ感想を言われて返されるだけでは
ネームのどこをどう直せばいいのか、迷ってしまいがちになる。
そうして打ち合わせを重ねるたびに迷走し、挙げ句相互不信に陥る。
編集サイドは「これだから新人は面倒臭い」となり、仕事のやりやすい
ベテランさんとの仕事を選ぶ。
あるいは、個性のある企画よりかは、上に通しやすい流行な企画とか
原作ものをあてがったりする(それだって絵がうまくないと話になりませんけど)。
そうやって、ただでさえ出番のない新人の出番がもっと、なくなる。。。
ベテランさんには、一般的な知名度もあるし編集との信用もあるし、
ネームの打ち合わせが数年かかっても他でつないでやりくりできるような
経済力もそこそこある。
新人レベルには、それがない。
なので、しまいには兵糧攻めされてる気分になって、相当追い込まれる。
そんな余裕のなさが、ネームに出てしまう時も、あるわけです。
この悪循環、なかなか蟻地獄だぞ、と思います。

どんな作家先生でも入賞レベルまでの指導はできると思うんです。
自分が通って来たことを教えればいいんですから。
ひとつの話をはじめから終わりまで描けるか、
欲を言えばいい演出ができてるか、そういうのが新人賞の目安ですから。
実際、自分も数年前まではそういった所からの考えや教え、
商業誌のセオリーみたいなのを学びながら入賞を繰り返したんですが、
いざ掲載となると、話は違ってくる。
むしろ、そういう教えでない部分が問われることの方が多いように思います。
むしろ、そういう教えを知る前のピュアさが欲しいというか、
それが個人の元々の良さというか、味なのかもなあと思うようになって。

新人賞に「そこそこレベルでまとめてみた企画」を出しても、やっぱり
荒削り、伸びしろの魅力がない分敬遠される危険はあった。。。
でも、長いこと掲載の機会もなく、連載デビューしていない以上は、
やっぱり何度も「新人賞」を頼るしかない。
こういう悪循環で、筆折ってしまった人、途中で引き返してしまった人、
本当にいっぱい見てきました。
自分だって、過去の人からはそう見られてるかもしれない。
入賞や掲載、その機会を得られるかどうか、それもまた運次第という所も
大きいな、というのは、まさに自分自身が02年にモーニングで
入賞おまけで掲載された時の力不足原稿で実感しています。
ほんとに、どこでどう転ぶかはわからない。
今回は残念ながら、裏目に出た。
犠牲は大きく手痛いけれど、それだけの話だったと思うんです。
初めてのことじゃあ、ありません。
98年〜01年までは12本連続落選なんてのもありましたしね。


でも、そんな運に惑わされてまた数年棒に振るわけには、いきません。


まあ実際、この先どれだけ今の生活していられるかわかりません。
自分の仕事のタイムリミットは、もう2〜3年なんとか延ばせそうですけど。
この先の自分の企画は、原稿が新人賞通過や商業に通用しないという判断を
編集からされるんであればなおのこと、やっぱり自分の納得度を
優先させたいという気持ちが強いです。
こんなの、商業誌連載で切り詰められたスケジュールでネームを描き、
スタッフにお金を払いながらがんばってらっしゃる方から見れば、
逆行退行、自己欺瞞に映りかねない。
なので、そういう方への進路の舵切りは
実質上「商業漫画からの撤退」を意味する所になりかねないんで
かなり迷って、それでも順応しようと粘って来たつもりで
この12年来たんですが、今現在で考えると
ネームばっかりの報われない日々のまま2年、とかなんとか
もう無駄にすることなんかこれ以上やってられない。

だったら、個人誌自費出版レベルで終わっても、自分名義の完成作品を
描けるだけ出す、という方に舵切りしたい。
この仕事は、年齢は関係ないかわりに、描かないと
(完成させて経験として定着させない限り)いつまでも
進歩ができないところがあります。
同人がなんとなく卑下されやすい漫画界の環境ではあるとは言っても
イベント用にコンスタントに描いてるわけですから
何も描かない半端なプロよりは遥かにモノカキとして正解だという感想です。

F1レーサーのポジションを失ってしまった高木虎之介とか
中野信治が、F1より軽んじられるアメリカのインディ・カートレースに
転向して出走し続けたのも、現役で居たい一心だったのかもなあ、と
ふと思います。

個人レベルで発表するとなると、2次版権ものよりさらにマイナーで
認知度も得られづらいんでさらにイバラの道になるんでしょうけれど
描いて行くうちに、以前の存在意義を思い出せたらいいなとも思います。
09年は、もっとわかられづらい自分になって行くことでしょう(合掌)
鶏口となれども牛後となるなかれ、と。

|

« Photo〜東京新宿区/新宿御苑その6(2008.10) | Main | そら〜北海道上空その1(2008.11) »

MANGA」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/524239/43196109

Listed below are links to weblogs that reference 仕事の状況(2008.11):

» 自費出版のメリット [自費出版しよう!]
自費出版のメリットは誰もが本を書くことができると言う点です。昔は商業出版が中心で、自費出版しても収益を得られないことから個人の場合だとなかなか出版を引き受けてくれなかったのです。しかし今では商業出版だけでなく、自費出版も引き受けてくれる出版社が増加しています。本の内容や程度には個人によって差がありますが、費用があれば誰でも出版ができるのです。出版社や出したい本の種類によって費用はかなり異なり、数十�... [Read More]

Tracked on 2008.11.23 at 09:36 AM

« Photo〜東京新宿区/新宿御苑その6(2008.10) | Main | そら〜北海道上空その1(2008.11) »