2009.07.11

きょうの1曲〜マイケル・ジャクソン/ユー・アー・ノット・アローン(You're not alone)

追悼、MJ。

きょうは95年作品「ヒストリー」からのシングル「ユー・アー・ノット・アローン」。

これ、R.ケリーの曲なんですよね。
90年代のマイケルは、クインシーから自立して、ダンス/ヴィジュアル重視の
路線と、電気電気した、ロックともソウルともつかないポップ・ミュージックへ
邁進していくわけなんですけども、
「ヒストリー」では、ちょっとだけ当時流行のR&B系ラップやらを
大々的にとまではいきませんが、取り入れるような傾向になっていきました。
この作品の目玉はやはり、メディアバッシングへの反撃とも受け取れる
強烈なメッセージの数々なのですが(「スクリーム」「D.S」「マネー」など)、
その他にもチャップリンの「スマイル」カバーや、映画「フリー・ウィリー2」の
テーマでもあった「チャイルドフッド」、マイケル流アンセム「アース・ソング」
「ヒストリー」などなど、やさしい曲も相当数収録されています。
その中で、R.ケリーが書いた中でもピカイチなんじゃないかと思える曲が、これです。

ファンが、マイケルに贈る曲としての位置づけでもあるんだそうです。

マイケル自身は少年愛疑惑でもめましたが、一方のケリーは少女買春でトラブったりしてました。
少年愛傾向に流れる人はきわめて純粋無垢なものに憧れる傾向があると聞きます。
ケリーは、普通にスケベオヤジであったような。。。

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2009.07.10

きょうの1曲〜マイケル・ジャクソン/オフ・ザ・ウォール(Off The Wall)

追悼、MJ。

79年発表の「オフ・ザ・ウォール」より、表題曲を。

シンセ・ベースに乗って警戒に展開する、当時風に言えば「ゴキゲンな1曲」。
ある意味、当時のマイケルの真骨頂とも言える躍動感ですね。

ブラック・コンテンポラリーと呼ばれた、当時のこんなような音楽は
ダンス・フロアからのヒット狙いが多かったので
勢い歌詞なんかも
「世界が両肩にのしかかっているような重たい気分になったときなんかは
ダンスして吹き飛ばしてしまえよ、人生はパレードみたいなもんだ」的な、
享楽的な歌詞が多かったりします。

これまた、クインシー一派のロッド・テンパートンなんですね。
何者だ、ロッド。

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2009.07.09

きょうの1曲〜マイケル・ジャクソン/レイディー・イン・マイ・ライフ(Lady in my life)

マイケルの続きを、今日も。

「スリラー」収録で最後を飾る曲「レイディー・イン・マイ・ライフ」

YouTubeからの引用です。
これ、12インチヴァージョンと言ったらいいのでしょうか、
アルバムに収録のよりも2分弱長いです。
ファースト・ヴァースでのドラムの盛り上がりを遅れめにしている分、
丁寧な作り込み感がありますね。

この、スウィート・ソウルな逸品も、やっぱり、クインシー・ジョーンズ一派の
ロッド・テンパートン。
「ロック・ウィズ・ユー」を書いた人です。
マイケルの歌のうまさがよく分かる曲だと思います。

「BAD」以降は硬直した電気サウンドに傾斜していくマイケルの音楽ですが
この頃はまだ、しっかりフィジカルを使ったナマな音作りをしていたように感じます。
ただ、「スリラー」リリース直後は、チャートアクション的には苦戦していたようで、
それの打開としてあれだけのお金をかけたプロモーション・ビデオ撮影と
MTVのブーム便乗という、背水の陣を敷いていたという事実も、あったようです。

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2009.07.08

きょうの1曲〜マイケル・ジャクソン/P.Y.T (Pretty Young Thing)

現地7月7日がマイケルの追悼式ということで、再びマイケルを。

82年アルバム「スリラー」から、「P.Y.T」を。
「ヒューマン・ネイチャー」同様に、隠れた名曲的存在だと思います。

このアルバムはクインシー・ジョーンズのプロデュースであることは
周知の事実なのですが
この曲にだけ、作曲者としてクインシー・ジョーンズ本人と
彼の一派で、クインシーのリーダー・アルバム「愛のコリーダ」の中で
数曲ヴォーカルを担当してデビューすることになる
ジェームズ・イングラムの名前があります。イングラムは低音の魅力と
言いますか、朗々と唄う感じのヴォーカル・スタイルなんですが
この曲ではマイケルのリズム感に合わせたような軽妙なポップセンスあふれる楽曲を
提供しています。

MJ R.I.P

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2009.07.07

きょうの1曲〜ジェネシス/ママ(Mama)

いつの間にかフィル・コリンズが復帰してライヴ活動再開していたジェネシスの82年作品。

YouTubeからの引用です。

フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォードの
3人のラインナップのジェネシス。
コアなジェネシス好きですと、創立当時のピーター・ガブリエルが
主導していた初期が好き、てな方も多いのですが
ガブリエルがソロ活動のために脱退し、スティーヴ・ハケットも
抜けたあとの「そして3人が残った」以降のポップなジェネシスが好き、
という方も非常に多い。
と言いますか、セールス的には、トニー・バンクスのプログレの郷愁が残る音に
フィルのポップ・センスを加味した奇妙なバランスの後期ジェネシスの良さが
マーケットに受け入れられて、初期よりも格段に良いはずです。
当時のプロデューサー、ヒュー・パジャムの手腕もとても大きいです。

フィル自身は80年代半ばには、ドラマーとしてだけではなく
プロデューサーとしての才覚も買われて、いろんなところに引っ張りだこになっていました。
エリック・クラプトンの「オーガスト」や、
フィリップ・ベイリーの「チャイニーズ・ウォール」、
新人女性アーティストのマリリン・マーティンなんてのもありましたし
映画「カリブの熱い夜」主題歌「見つめてほしい(Against All Odds)」やら
バンド・エイドからライヴ・エイドまでのドラムス客演など
ほんとに、何処にでもその名前を見るなという状態が続いてたものです。

86年の「インヴィジブル・タッチ」、91年の「ウィ・キャント・ダンス」も
良いセールスを記録したあと、フィルは満を持してソロ一本立ちで脱退するのですが
その後がいけなかった。
まったくソロ活動が鳴かず飛ばすでした。
ジェネシスも、レイ・ウィルソンという後任シンガーを加入させたのですが
どちらも今ひとつパッとしないまま90年代は流れていきました。

最近どうしてるのかな?と思ったら。。。。
07年にはフィルが戻って、3人のジェネシスとしてワールドツアーやっていたんです。
そのライヴ盤も出てます。
以前よりは確かにキーは落ちたものの、独特の存在感は健在でした。

新作、、、は、、、無理かな。。。
ポリスみたいな感じですかね。

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2009.07.06

きょうの1曲〜ドゥービー・ブラザーズ/ホワット・ア・フール・ビリーヴス(What a fool believes)

きょうの1曲は、後期ドゥービー・ブラザーズの代表曲と言ってもいい曲。


Watch The Doobie Brothers - What A Fool Believes - 1978 - '81 On Stage in é�³æ¥½  |  View More Free Videos Online at Veoh.com

もともと、ドゥービーはこんな音をやるバンドではありませんでした。
「ロング・トレイン・ランニング」などなど、
男らしい王道アメリカン・ロックを地でいくような
ギター・サウンドが身上でありました。
中心人物はトム・ジョンストンという人なのですが
70年代半ばにこの人が病気で半分リタイアしてしまったところで、
バンドの大きな転機を迎えました。

そこへ、スティーリー・ダンを解雇されたばかりの
マイケル・マクドナルドというキーボード奏者に白羽の矢が立ちました。
ドゥービーズ加入の76年作品ではまだ彼の持ち味は出てこず、
トムも病気療養のかたわらで数曲だけ楽曲提供したりと
一応は民主的な雰囲気も漂っていたのですが、
翌77年発表の作品「ミニット・バイ・ミニット」では、
マイケルのヴォーカルとキーボード主体の軽妙洒脱な、
いわゆる「AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)」路線を
大々的に押し出しました。

この大ヒットは、ドゥービーズの延命には役立ったのですが、
肝心の中心人物トムのバンドへの復帰が見送られてしまい、
バンドの方向性をも変えてしまいました。
バンドはその後、AOR路線で数作出しますが、人気は下火になり
マイケルの人気だけが圧倒していたので
お定まりの「独立」という方向へと向かい、バンドは解散に至ります。

ドゥービーズは、90年代に一度再結成を果たしています。
その時には、トムも復帰し、マイケルとの共演も実現していますが
主要メンバーの逝去なども続き、今はオリジナル・メンバーは
数少なくなっているようです。


この曲、のちにマット・ビアンコもクルマのCMでカヴァーしています。

原曲に忠実と言うか、、、、まんまやんて感じですね。

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2009.07.05

きょうの1曲〜マイケル・ジャクソン/バタフライス(Butterflies)

追悼、MJ。
これで一旦最後にします。

遺作となった01年作品「インヴィンシヴル」からのシングル。

この作品では、ようやっとマイケルが当時先端のR&Bを取り入れよう、という
姿勢が随所に聴かれます。が、マイケル自身の声がこの時点でもうすでに落ちており、
所属のソニーとも、ジョージ・マイケルよろしくの訴訟問題で苦しむ中で
自身の逮捕などもあり、結局外面のスキャンダルばかりが強調されて
アルバム自体は印象の薄いものになってしまった感が否めませんでした。

どのアーティストもここで迷うみたいなのですが、
アナログ・レコード46分でやってきているアーティスト達には
コンパクト・ディスクの74分700MBの収録時間内のやりくりに試行錯誤するものらしく。
レコードだと10曲程度で済んでいた収録時間が
CDだと16〜7曲入る計算になってしまうわけなんです。
で、CDが一般化した頃はコンピ盤やらアーティストの新作には
レコード2枚分の数の楽曲が入ることになり、アルバム・コンセプト重視の
アーティストには大変やりづらい時代があったようでした。

現在、ベテランさん達はレコード時代の当時のスタンスで
1曲ごとの時間を3分→5分とかに増やしたり、
1曲のデータ容量を増やして質感のある音にしたりして
アルバム1枚で10曲程度、という試みをしています。
こういう、小出しにしてくれた方がお得感があっていいなあと思ったりします。

マイケルの最後のオリジナル作品も、収録曲は17曲もあります。
なので、結構聴き飛ばして聴いてしまわざるを得ない感じでした。
これがとても、もったいないなあと今でも思います。


その中で、シングル「ユー・ロック・マイ・ワールド」や、その後の
「ナンバー・ワンズ」というNo.1ヒット集からの生前最後のシングル
「ワン・モア・チャンス」には及ばなかったものの、
ファンには今も支持の厚い「バタフライズ」をご紹介して、追悼MJを
ひとまず終了します。
ご存知のない方が居たら、ぜひお聴きください。
マイケルの叙情的なセンチメンタリズムが感じられる、後期では屈指の佳曲です。

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